ことの始まりは相変わらずヤツの一言だった。

今日は年が変わった日でありJAPANでは正月と呼ぶめでたい日なのだそうだ。
実際、場所が変われど似たような風習はどの地方にもあり、言ってしまえば人間で無い我々魔の者の間にも存在する。私も今日ばかりは政務から解放されて自室でのんびりだ。
JAPANから取り寄せた「炬燵」という暖房器具に足を突っ込みみかんをほおばる。
なんともいえない甘酸っぱさが口いっぱいに広がり同時に幸せな気分になる。
……だから振り返っていけない。
背後に山積みになっている書類の山を視界に入れてはいけない。
私も今日ばかりは政務から解放されて自室でのんびりしたいのだ。
いくら資料の整理が終わらなかったからと言ってこの幸せなひと時を壊すことは例え主たる魔王でも許されない。

だが。横から伸びた手が私のみかんをかっさらう。
「ん、美味いな。今、イベントの参加者を募っていてな。暇なら付き合え」
……見えてない。今の手は気のせいだ。仕事で疲れてみた幻だ。
ああ、少し寝よう。気分も変わるだろう。
「あ、無視する気か。ホーネット、頼む」
隣に現れたJAPANの晴着姿の魔王も幻だ。
「はい。少し人手が要ります。私たちと一緒に来てくださいね」
着飾ってうれしくて仕方がないのは分かるが……。
「こんなことに強制力を行使しないで頂きたい!!」
こんなことのために力を与えられたのか疑いたくもなる。
ったく、この方も他の魔人もコイツに毒され過ぎだ。
……頭痛がする。
私は……ああはなるまい。たぶん。
「はぁ……」
「おいおい、人の顔を見てため息をつくなよ」
「そうです、レナ。ランス様に失礼です」
とりあえず、アレだ。
私の頭痛も他の魔人や魔王が年末から魔王城を空にして仕事を私一人に押し付けたのも全て。
「ランス、一言言いたい」
「ん? 何でも聞いてやるぞ」
「お前が悪い。全てお前のせいだ。否定は許さない」
びしっと指を突きつけて言いたい放題。
狐につままれたような顔をする二人をそのままに、悪魔フェリスが開いたのであろう異次元空間への入り口をくぐる。
……もう少しきつく言うべきだったか。
まあいい。

さて、自己紹介が遅れた。
私はレナ。種族は女の子モンスターの1種、バトルノート。
だが、ちょっとばかり普通ではない。
魔王を取り巻く本来24存在する魔人。その末席、新参の魔人が私だ。
少し前にあったオーディンが暴走するというちょっとした事故に巻き込まれ命を落としかけた時に選択を迫られた。その間際、ふとヤツの顔が脳裏をよぎり私は永き時を生きることを選んだ。ちなみに、オーディン事件の原因がヤツだと知った時は少し後悔したが……。
過去のことだ。永遠を生きるにあたり些細な過去は忘れてしまう方がよい。


二人の世界 外伝 生きるも死ぬも賽の目次第?


―どこか広い空間
「あれ、レナさんも呼び出されたのですか?」
スキマをくぐるとランスの息子、山本無敵がいた。右側にセリス殿、左側にはワーグ様にしがみ付かれている。まさに両手に花。
「はい。ホーネット様が強制力まで行使して」
「は、ははは……ご愁傷様です」
「ホント。最近のホーネットってバカみたいに浮かれてるからね〜。完全に色ボケよ」
まあ、当ってはいるのですが、ワーグ様。そんな言い方をすると――
「誰が色ボケなのですか? そんなことを言うのはこの口ですか?」
「いひゃい、いひゃい!」
ぐにぐにとほほを引き伸ばされるワーグ様。そうなると言うつもりだったがどうも間に合わなかったらしい。ふと、無敵様と視線が合い二人して苦笑した。
改めて周囲を見る。床かから伝わってくる低い駆動音と空気の濃さの違いからここがアースガルドの一室だと気付く。久しく来ていないが元MP−Xシリーズの格納庫だった場所だろう。ただ、床には直径2mくらいの円が一本の線で繋がれぐねぐねと続いている。
以前来た時はこんな物なかったが……何かの魔法陣だろうか?
「一体何が始まるのでしょうか?」
「……わかりません。僕もセリスさんもワーグも着たばかりなので」
「そうですか」
それからしばらくしていつもの顔ぶれが徐々にそろいだした。
「やっほ〜、久しぶり〜。パ〜パに呼ばれて飛んできたよ〜」
窓から飛び込んできたのは天使となった元魔王にしてランスの愛娘、リセット様。
でも、盛大に窓ガラスを蹴破っての登場はいかがなものかと。まあ、いつものことなのだが。
「まったく、いっつも呼び出すときは唐突なんだから」
ぶつくさ言いながらも顔はうれしそうな志津香様。
「わぁ、ホーネットさん、綺麗な着物ですね。こんなことなら私も着替えたかったな……」
おそらく機械いじりでもしていたのであろう、油のついた作業着姿で落胆するマリア様。
「む〜、サテラも着物が着たい」
「そうか? 動きにくいだけだと思うが? 私は普段のままでいい」
「それはシルキィがお子様体型だからだ」
「なんだと!?」
「ぬ、やるのか!?」
……この二人はノーコメント。
相変わらずと言うか、進歩が無いというのか……。
「着物か〜、私たちは羽が邪魔で着れそうにないわね」
「姉さんもやっぱり着てみたい?」
「だって、アイツとする時のアクセントに良さそうじゃない?」
「……もう、姉さんったら」
ナニを想像したのか顔を赤らめるハウゼル様。それをからかうサイゼル様。
相思相愛のこの二人。でも所構わずはどうかと思いますが。
「あれ? 王様はまだこられてないのですか?」
アイツの事を『王様』と未だに呼ぶ魔人は一人しかいない。
私の敬愛するアールコート様だ。
「たぶん、月乃様かカミーラ様を呼びにいっているかと」
「そう、これだけ一箇所に集るのは久しぶり。あれ? シィルさんもまだみたい」
そういえばそうだ。重要な女性が姿を見せていない。
ランスの最愛の女性。シィル・プライン。ちなみに夫婦別姓らしい。

と、空気が凍りついた。

部屋の入り口に集まる視線。
私もアールコート様もそちらを見て、思わず息をのんだ。
ホーネット様も美しかったが、普段との雰囲気の違いもあり、カミーラ様の晴着姿は衝撃的だった。来ている着物はおそらく最高級クラスのもの。だからと言ってぎらぎらしているわけではなく、これでもかとカミーラ様に似合っていた。隣でラインコックが見とれているのも頷ける。
「なんだ? 私がこのような物を着て不似合いとでもいいたいのか?」
「いえ、ただ、普段とのギャップに驚いただけです」
「……私とて着るつもりはなかった。だが、アイツが……」
恐らくランスが持参し無理やり着せたのだろう。ランスを前にするとカミーラ様も丸くなるのは周知の事実。時々決闘と称してアイスを訪れるものの、実際戦闘が行われたのは1度しか確認されていない。ちなみに、その1回は周辺被害が大きくなりホーネット様が止めて事なきを得た。正直、止めに入らなければアイスは崩壊していたかもしれない。
……それ以外の訪問時はベッドの上での決闘なのだろう。
言っておくが羨ましいなどとは思っていない。断じてない。
「遅れてすまない……む、主賓はまだなのか」
最後に現れた女性魔人、かまいたちの月乃も魔人となって日が浅い。
無論、私とは比べるべくも無いが。それでも、日が浅い私はよく彼女に相談する。
と言う名目で魔王城から抜け出す。実際に相談に乗ってもらうのは半々か。

「お〜し、全員そろってるな」
ふと見ると少しはなれたところにランスとシィル殿が姿を見せた。シィル殿も今日は晴れ着姿。似合っている。完全にオーダーメイドなのだろう。
「今日は元旦ってことでJAPANに伝わる遊びをやってみたいと思った」
今回もまたコイツの思いつきに我々が振り回されるらしい。
「すごろくといってな。スタート地点の『ふりだし』からゴールの『あがり』までサイコロを振りその目の数だけマス目を進みその指示に従いながら『あがり』めざす簡単なゲームだ。まあ、それだとつまらんから色々とマスの指示をいじくってさらに大きくしてみた」
大体言いたいことはわかった。
要するに我々自身がコマとなりこの部屋、つまりはゲーム版の上を進んでいけということか。そして、どうもゴールはランスのいる地点らしい。
……しかし、今は魔王でも無いのに態度がでかい。
……誰も追求しないが。……まあ、私も追及する気はない。
そんな偉そうなランスを見て、次にヤツの口から出てくる言葉に予想がついてしまった。出来れば外れて欲しいが……。こういう時、コイツが裏切ってくれたことは無い。
「で、だ。今回は俺様は参加しない。その代わり、俺様が賞品だ」
やはりダメだ。その一言は地雷だ。素足でぷちハニーを踏み割るようなものだ。
恐る恐る周囲を見ると皆、目の色を変えている。
シィル殿も聞かされていなかったのだろう、大慌てだ。
……血を見ることになるかもしれない。一応、普通の人間であるセリス殿やシィル殿もいることだし収拾がつかなくなることは無いと思うが。
「あの、父上。僕がもし優勝したならばどうなるのでしょう?」
「……そうだな。ワーグをしばらく預かってやろう」
「是非、優勝させていただきます!」
……ストッパーであり良識者である無敵様まで獲物を狙う目つきになってしまった。隣にいるセリス殿も俄然やる気。
ついでにワーグ様もやらせるものかと燃え出した。

魔王も自分の優勝しか考えていないこの状況、誰かが最悪の事態を想定しておかないといけない。まぁ、必然的に私しかいまい。損な役回りだが……。

そうして、嫌な予感は拭いきれぬまま巨大すごろくが始まってしまった。

――第一ターン
投げる順番を籤で決める。私は最後になった。このすごろくはマスに進むまでどんな指示があるか分からない。マスの指示はオーディンに登録してありそれに従うのだと言う。最後というのはそういう意味ではお得なのかもしれない。
投げる順番はサテラ様→ホーネット様→シィル様→カミーラ様→リセット様→ハウゼル様→無敵様チーム→月乃様→シルキィ様→志津香様→アールコート様→サイゼル様→マリア様→ワーグ様、最後に私。
サテラ様が50cmほどの角の取れたサイコロを投げる。
出た目は1。
「むぅ、幸先悪い」
『デハ1マス目ノ指示デス』
オーディンの音声と共に床のマスに文字が浮かび出る。
『20ターン休み』
思わず絶句した。
言葉を無くす我々をよそにランスはニヤニヤ。
「何だ、簡単に俺様が手に入るとでも思ったのか?」
なるほど、こういうことらしい。このすごろく場全60マスにはランスの趣向を凝らした罠が待ち構えているのだ。
とりあえず、1を出したらほぼ勝ちは無い。サテラ様は1マス目の隅で三角座りになってしまった。
「これでサテラは脱落と見ていいでしょう。なんとしても1を出すわけにはいけませんね」
ホーネット様の番。サイコロは5を出した。
「まあ、こんなものでしょう。オーディン、このマスの指示は?」
『表示シマス』
『4マス戻ってそのマスの指示に従う』
……これは酷い。予想をはるかに上回る。
サイコロを振って3回に1回は20回休みを喰らうことになる。
ホーネット様もサテラ様の横で三角座りになってしまった。その気配はまったくもって魔王らしくない。後姿が非常に痛々しい。
「次は私ですね。よいしょ、っと」
ホーネット様をサッパリ無視してサイコロを転がすシィル殿の目は2。とりあえず、20ターンの恐怖からは逃れたがこのマスの指示次第ではもっと酷いかもしれない。
『5マス進む。進んだ先の指示は無視する』
「やりました、ランス様。すぐに側へ行きますね」
2は当り目、と。当り目と外れの目は半々くらいなのか?
いや、結論を急ぐべきではない。じっくり観察してからだ。
続いてカミーラ様の番。出た目は4。
『自室で寝ているパイアールの服を一枚剥ぎ取ってくる。ただし、起こしたら失格。戻ってくるまで自分の番をスキップする』
……これもまた色々と酷い。ふとランスを見ると非常に楽しそうだ。
カミーラ様は無言で部屋を出て行き、オーディンがその後姿を壁に投影する。
ちゃんと指示に従っているかをチェックするらしい。
「はいは〜い、リセットのば〜ん。とう!」
勢い良く投げたさいころは壁に当って跳ね返り6の目を出した。
「1、2、3、4、5、ろ〜く!」
『10マス進み、その指示に従う』
「やった〜! いきなりトップだよ」
問題は進んだ先の指示だ。10マスの加速で喜ばせておいて落す作戦かもしれない。
『身につけているものを1枚脱ぐ』
……。
さすがランスだ。そうとしか言いようが無い。
「なんだ、それだけでいいの?」
リセット様はあっさり上着を脱ぎ捨てる。
この手のマスは他にもありそうで引っかかってしまうとマズイのは白の着物とさらしだけの月乃様とかほとんど下着だけと変わらないシルキィ様。
私は色々着込んでいるのでこのマスはねらい目かもしれない。
続いてハウゼル様が5を出し撃沈。暗い後姿がまた増えた。
次の無敵様は2を出しさらに5マス進みシィル殿と並ぶ。
そして、月乃様。サイコロが止まり、月乃様も止まった。出目は6。つまり――
「あら、月乃が脱ぐとほとんど残らないね」
隣でくすくす笑うリセット様。
16マス先まで進んだものの月乃様は着物に手をかけたまま固まってしまった。
ここに女ばかりなら脱いだだろう。だが、無敵様がいる。
しばしの硬直の後――
「このすごろく、一番に上がらせて頂きます!!」
月乃様は着物を脱ぎ捨てた。無敵様はというと、セリス殿に目隠しされていた。
……アレなら大丈夫だろう。
ふと壁を見るとパイアール様の部屋にカミーラ様が侵入したところだった。見た目相応のかわいい寝息を立てている少年に息を殺して近づく着物の美女。
……なんだか凄い絵だ。さらに服を脱がせるのだからさらにイタイ。
無表情にパイアール様を観察するカミーラ様。そして、意を決したのか手を伸ばし――
「ん……誰か――げふっ!?? きゅぅ〜〜〜〜」
パイアール様が起きそうになった瞬間からカミーラ様の行動は早かった。
固めた拳がパイアール様の無防備なお腹を打ち抜く。完全無欠のクリーンヒットだった。
パイアール様は完全に白目を剥いている。……2〜3日起きないかもしれない。
カミーラ様はぴくぴくと痙攣するパイアール様の首をつかみ片手でつるし、寝巻きの上を情け容赦なく剥ぎ取った。
外気に晒された貧弱な身体の腹部には猛襲の痕がくっきり残っている。
……非常にシュールな絵だった。幼い子供にはトラウマになりそうだ。
さすがのランスも冷や汗ものらしい。
「おい、次はレナの番だぞ?」
言われるまで気付かなかった。見ると1マス目の暗い後姿がさらに増えていた。
シルキィ様とサイゼル様の二人。おそらく日ごろの行いのせいだろう。私に仕事を押し付けたり、私に仕事を擦り付けたり、仕事のミスを私のせいにしたりしたからだ。
また、志津香様はパイアール様の服を剥ぎに行ったらしい。哀れ、パイアール様。
アールコート様は7マス目に、マリア様とワーグ様は共に16マス目に並んでいた。
慎重にサイコロを投げる。前のプレイヤーの投げ方とサイコロの転がるパターンは把握した。うまくやれば私は出目を操作できる。
そして、出た目は6だった。……これはひょっとしなくても勝てるかもしれない。
特にランスが目的ではない私が勝つのが一番被害が少ないだろう。そういうことにしておく。私は心の奥底でほくそ笑んだ。

――第二ターン
いきなり先頭二人が20回休みなのでシィル殿が賽を振る。出目は3、進んだマスはジュースの一気飲みだった。
続いて戻ってきたカミーラ様。出目は6でシィル殿と並ぶ。出されたジュースは軽く飲み干した。
こういう簡単なマスもそれなりにあるのだろう。……安心するのは早いかもしれないけど。
「え〜い!」
リセット様の出目はまたしても6。
「えっと……えぇ〜、1回休みか」
6、6と最大数で進むと1回休み。ならば出す目は少しでも大きく5を狙うことに。
続けて無敵様の出目は1。指示は……
『一番距離の近い相手とディープキス』
……。
「セリスさん……本当は誰かに見られるのも嫌ですが……」
「気にしないから……」
8マス目だけ空気の色が変わっていく。私の隣ではワーグ様が悔しそうにハンカチをかみ締めている。……キスだけで止まるのか、あの二人。
とりあえず、見ていても目に毒なだけだと悟ったのか月乃様が賽を振る。出目は4。
指示を読んだ直後その動きが止まった。
『身につけているものを2枚脱ぐ』
月乃様に残された物は胸に巻いたさらしとショーツのみ。
「……ランス様」
「ん? 脱がないのか?」
ニヤニヤ笑いのランス。本当にコイツは楽しそうだ。見ていると腹が立つ。
「ギブアップと言う選択肢はあるのでしょうか?」
先ほどの強気発言はどこへやら。
「そうだな……無敵もいることだし仕方がない許可する」
「では、口惜しいですがギブアップで」
こうしてライバルがまた一人消えた。……まあ、私が優勝してもとくに何かさせるつもりは無い。あえてランスに頼むとしたら肩もみくらいか。とりあえず、出目候補として4、6は除外。まだまだ前半戦でこれ以上脱ぐと危険な気がした。
続いて起きる気配の無いパイアール様から寝巻きのズボンを剥ぎ取ってきた志津香様の番。これで1が出れば彼女も実質敗北する。
「1は出るなーー!!」
「そういうときに限って出るもんなんだよな」
「余計なこと言わないでランス!」
気合と共に投げて、サイコロが止まる。1だった。
「ランスのバカーーーーー!!!」
志津香様は捨てゼリフを残してどこかへ走っていってしまう。
……まあ、気持ちはわからないでもない。
「じゃあ、私の番ですね」
アールコート様の出目は4。
そこまで進み指示を読みアールコート様は泣きそうな顔でランスを見る。
「王様……これ、本当に?」
「そうだな。もちろん、やってもらおうか」
『最も近いマスにいる者の胸を揉む』
……徐々にランスを殴りたくなってきた。
ふと、一番近いマスを見る。……シィル殿はいいとして、カミーラ様もいる。
しばらく躊躇していたアールコート様だが鬼気迫る表情で二人に接近すると手を伸ばした。
「あぅん!?」
「……っぅ!?」
「え、えぇ!?」
揉まれた二人はへたり込んでしまっている。……揉むというより掴んだ、という動作だけに見えたが? 予想外に過剰な反応。一番驚いているのはへたり込んでいる本人達だろう。
真っ赤な顔で胸をかばい肩で息をしている。アールコート様は呆然。
二人の共通点、それに思い至りタネに気付く。……おそらく先ほどの一気飲み用ジュース、身体の感度を高める薬でも混入されていたのだろう。
……この先に歩を進めて無事にいられるのだろうか?
「もう、1回休みか」
先にサイコロを振っていたマリア様は6でリセット様と並び1回休み、続けてワーグ様の番。出た目は2。
『次のターンが回ってくるまで目隠しをして片足で立つ。バランスを崩せば2回休み、立っていられればサイコロを3つ振る』
ハイリスク、ハイリターンなマスだ。だが……
「ランス、一つ確認させてもらっていいか?」
片足立ちをワーグ様が始めたことを確認して声をかける。
「どうかしたか?」
「従うべき指示はここに書かれていることだけなのだな?」
「? 何が言いたいかよくわからんが……書いてあることだけを実行すればいいんだぞ」
「わかった。その言葉しっかり覚えていてくれ」
そう言ってサイコロを転がす。出す目は2だ。
「指示は目隠しして片足で立つだけ、だったな別にここでなくてもかまわないか?」
「ん? まあ、どこでもいいが……」
なら、壁にもたれつつ、目隠しして片足で立っても問題ないわけだ。場所も指示されておらず、禁止事項も無い。
「じゃあ、壁際でもいいな」
「え、な……ちょっと!! ずるいぞ!! っとわ!?」
会話を聞き怒鳴ったワーグ様はバランスを崩した。
「あら残念ですね、ワーグ様。しばらく休んでいてください」
「き……こんの〜〜〜」
周りからも少々視線が痛いが……まあ、許容範囲だ。次のターンで18を出して一気に独走してしまおう。

――第16ターン
……アレから色々あった。語るのも面倒なくらい色々。
現在の生き残りはシィル殿とカミーラ様、リセット様とアールコート様、ワーグ様と私。
無敵様は順調に進んだが30マス目にあった『振り出しに戻る→1を出す』コンボで撃沈、二人して部屋に戻ってしまった。……まあ、キスの続きとなるのだろう。
マリア様は何度もあった『服を脱ぐ』マスにことごとく引っかかり月乃様と同じようにリタイアした。
シィル殿とカミーラ様はあの一気飲みの後、ランスに下着を見せるだとか(ちなみに二人とも晴着の下には下着を付けていなかった)近くの者とキスするだとかに二人そろって引っかかり続け妙な連帯感すら生まれている。現在52マス目。
リセット様は一気に進んで休みという繰り返しで進み現在トップ。58マス目で優勝候補。
アールコート様は55マス目。堅実に確実に進み続け、巧みに罠マスを避けてここにいる。
おそらく私と同様にサイコロのコントロールをしているはずだ。
ワーグ様は現在48マス目。ただ、マスの指示でこのターンのサイコロは3つになる。まさか、ワーグ様があの指示に従うなんて思わなかったが、それほどまでに無敵様への思いは強いらしい。無敵様がこの場にいないのをいいことに行為の最中も無敵様の名前を何度も呼んでいた。今は少しぐったりしている。
そして、私は56マス目にいる。何度か『服を脱ぐ』にひっかかりシャツと下着だけと言う姿だが、とくに見られて困る相手もいないゆえ問題はない。ここまでサイコロの出目操作に一度のミスもなく、次も成功する自信はある。だが、問題は私の順番が最後と言うこと。もう少し離せればよかったのだが……。

「さて、私の番ですね。どこかいいマスに入れればいいですけど……」
あがり周辺のマスはそれぞれの現在位置以外まだ不明のまま。
サイコロが転がり……止まる。


出目は――
『4』が出た。
『1』が出た。





出目は4。つまり私と並ぶことになる。
『コイン投げをして勝てば3進む。指示は無視する。負ければそのまま』
私は負けてそのままだった。シィル様も外してこの位置に。ほぼ勝ちはなくなった。
「う〜、ごめんなさいランス様……」
「では……私か」
さすがにここまできたらカミーラ様も真剣になっている。
何か念じた後サイコロを投げた。


出目は――
『1』が出た。
『2』が出た。





出目は2。誰も空けていないマス。
『正月マス。おせち料理を食べる。食べ終わるまで休み』
「ランス、おせち料理とは何だ?」
「JAPAN料理の一種だな。正月に作って食べる物らしい。マルチナが気合いれて作っていたからちょっと凄いぞ」
間もなくして畳と炬燵と重箱が運ばれてきた。いたせりつくせりだ。
「……まて、量がおかしいぞ?」
運ばれてきたのは3段の重箱。一人の分量ではなさそうだ。
「いや、それでいい。あれこれ創ったら種類が多くなりすぎたそうだ」
カミーラ様が箱を開けると確かに、一つ一つの料理は一人分くらいになっている。
「……わかった。頂こう」
カミーラ様もマルチナ殿の料理の味は知っている。勝ちは逃したがこれはこれで気は済んだようだ。
……しかし、着物の美女が楚々と箸を運ぶその姿、思わず見とれるほどに絵になっていた。

「よ〜し、1以外ならリセットの勝ちだね。いっくよ〜!!」
まってましたとでもいうように、気合を入れてリセット様が賽を振る。
あがり確率は6分の5。普通ならこれは外さない。
思わず手に力が入った。


そして、サイコロが止まる。
『1』が出た。
それ以上が出た。





「…………」
サイコロを見つめ固まるリセット様。
「……1だな」
そんな彼女にランスが止めをさした。
「うわ〜〜〜〜〜ん」
そのまま、泣いて逃走。あろうことかここで1を出すリセット様。
彼女には悪いが、これで私が勝つ可能性が出てきた。
ふと見ると、59マス目に指示が表示されていた。
『1進む。勝利だ。がはははは』
……とりあえず、見なかったことにした。

リセット様が勝ちを逃したのでアールコート様が続けてサイコロを手に取る。
賽の目をコントロールしているアールコート様。まず確実に5か6を出して上がるだろう。
非常に申し訳ないが阻止させていただこう。やはり、ここまで来たら勝ちを得ないと。
アールコート様がサイコロを投げる瞬間に――
「ランス、チャックが全開だぞ」
「ぬお!?」
私の一言で思わずそっちを見たアールコート様。無常にもサイコロはその手から滑り落ちた。
「何だ、全開になんぞなってないじゃないか」
「そうか、なら見間違いだな」
そんな会話の間にもサイコロは転がり、コントロールに失敗したアールコート様は何かに祈っている。


『5』が出た。

『1』が出た。





出た目は1だった。
アールコート様に涙目で睨まれた。う……良心が痛む。
「レナさん、後ほど少しお話があります」
もちろん、逃げさせていただきます。
耳元でそういい残し、アールコート様はコイン投げに勝ち59マス目に。
そこは1進む指示があるがそれは無効化されている。これで、アールコート様も勝ちを逃した。

残るはワーグ様のみ。
勝ちとなる目は3つの合計が11以上。それほど高い確率ではないが出ない目でもない。
「勝つ。アレだけ恥ずかしいことさせられたんだから絶対に勝つ!!!」
ワーグ様、気合いれすぎです。
……まあ、わからないでもないですが。
気合一閃、サイコロが宙を舞う。


『11』以上が出た。
『10』以下が出た。





止まったサイコロの目は1、1、1。合計3。全然届かなかった。
しかも、1ゾロなんて普通は出せない。
しょぼんとして歩を進めるワーグ様。
『元いた場所に戻り指示に従う』
表示された指示を見て絶句。
「…………。乱入してくる」
どこに? とは聞くまでもなく、ワーグ様は戦線放棄。ラッシーに乗って無敵様の部屋に向かってしまった。さすがに、アレを二回も公衆の面前でやる気力は無いのだろう。というか、誰にだって無い。

さて、私の番だ。他の方々がワーグ様に気を取られている隙にさっさとサイコロを投げる。
もちろんコントロールは忘れない。今回も完璧だ。
そもそも1か2を出さない限り勝ちなのだが確実性を求め6を狙った。

出た目は6。当たり前だ。妨害も無しに失敗などするわけが無い。
しまった〜、と言う顔をしているアールコート様の横をすり抜け、私は悠々とランスの前に歩を進めた。
「私の勝ちだな、ランス」
「そうだな。で、賞品はどう扱うんだ?」
「私の指示に従ってもらおうか」
「ほう、どんな指示だ?」
指示に従えと言ったものの、特に思い至らず。
しかも、周囲からの視線がかなり痛い。
「1週間ほどランスを独占する」
視線で射殺されそうになった。……冗談でも言うべきではなかったな。
「……などといったら消されそうだから止めておく」
さすがに命は惜しい。というか、こんなことで死ぬのはゴメンこうむる。
思考をめぐらし丸く収まる選択肢を選ぶ。
「では、こうしよう。ランスは1ヶ月間シィル殿以外の女性に触れるのを禁止する。むろん、触れられるのも禁止だ」
「む……俺はかまわんが……」
全ての女性とせず、シィル殿を除外することで他のライバル達は1歩引かざるえなくなる。
その分私への風当たりも弱くなる。
「ではそういうことで決まりですね」
シィル殿はさっそくランスにくっつく。ライバルが近づけないのをいいことに妙に積極的だ。……あ、薬の効果も後を引いているのだろう。
さて、アールコート様に捕まる前に帰ろう。
「よし、じゃあ、皆俺様の家に移動だ。マルチナ、宴会の準備はどうだ?」
「万端。材料も作り手も手配してアイスに送ってある。下準備もだいぶ進んでると思うわ」
「ガルティアは?」
「ベッドに縛り付けてきたわ」
……使徒の魔人に対するセリフではない気がする。
「なら問題ないな。酒も用意させてあるぞ」
遊んだ後は宴会となるわけで。
しかしまずい、逃走のタイミングを完全に逃した。
「宴会ですって。楽しみね?」
背後にはアールコート様。がっしりと腕をつかまれる。
ちょっと待ってください。目が笑っていません。

その後。
宴会にて、酒に酔ってテンションの上がったアールコート様に散々愚痴られることになった。正直、料理の味も覚えていない程に。
とはいえ、一応器物損壊も人的被害も無く……あ、一人居たか。まあ、どうでもいいけど。
とりあえずは丸く収まったので良しとする。
それなりに楽しかったし。
ほろ酔い気分でちょっと浮かれて自室に戻った私は、机に山積みになったままの書類を見てうなだれることになった。
……しかも、期限近いし。
この後貫徹になるのも、頭痛がするのも、アールコート様に絡まれたのも。
「やっぱり全部ランスが悪い。アイツのせいだ」

……ちょっと口癖になりそうだった。

あとがき

あけました。おめでとうございます。
ASOBUの場合正月はすごろくではなくガチンコモノポリーですが。
さて、何を思ったのかラストが何種類かあります。
大して変わらない上、少々手抜きになりましたが。
全部見てみるとそれなりに面白いかもしれません。……たぶん。

最後に。
今年もいままでのノリで行きたいと思います。よろしければお付き合いください。

以上、ASOBUでした。


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